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2013. 07. 29  
辻原先生にお目にかかったのがそう、仁熊さんが現れる一年くらい
前であったと思う。先生は独特な墨絵を描いておられた。
画面に最初数本の線を描く。ここれから空想画に発展していく。
もともとは中国で始まった。とたしかお聞きしたが.........。
かねがねわしには一人後を譲れる男がいまして。
先生の口から2.3度名前は訊いていた人が突然現れて売れもしない
茶碗全部持っていきました。
萩土で試みた井戸茶碗でした。
当時はまだ倉敷には柳井宗悦の言う民芸運動の熱が残っていまし
た。ましてやおらごときはその民芸の窯元で焼き物を習ったにも
かかわらずなぜかこの民芸教になじめないでいた。
当時倉敷でやきもんや家業でめし喰うとすれば、中身はどうあれ
おらの師匠である虎吉のいうところの、ほうべんと割り切って
生きればなんの苦労もなかったんだけど...。
なにを造っても人に相手にされなければショウバイとして成り立た
ない。彼と出逢いほうべんなしで生きる路を教えてもらったように
おもう。
やきもんは民芸だけじゃない。ゆっくり納得のいく生き方をさがしゃ
あええがな。この男おらより二つ三つ年上だけど言うことは世間の
荒波を渡って来たすがすがしさを持ち合わせていましたな






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2013. 07. 29  
2013. 07. 25  
もう遠い昔のこと会場は三越だったか天満屋だったか...。
さんざんおしかりを頂いた彼が帰ると入れ替わりに一人の見知らぬ
人が入って来た
おいどげんなっとんじゃこれわやくそじゃのう。
あんたが作家さん。
はあ出来の悪いやきもんやです
なにいうとんじゃ。う-んそうかあんたがなあ
全部で何点あるんじゃ。
はあ50点くらいですが..。
箱に入れて全部わしんとこに運んで
はあ全部ですか。
仁熊富士雄さんとの初対面でした。以後彼とは長い付き合いが始
まります。

2013. 07. 24  
名前の由来訊かれるんですが、実をいうとおらも知りません。
ただ、いとあるいはいど等呼称がありますがね-。
それと高台際にかいらぎがあるとか特有の竹の節高台だったり。

萩から帰りさっそくかの土で焼きあげた茶碗50点ほどで個展を
開きました。5日間の会期でしたがだれも買ってはくれない。
あんまり暇なんで会場の長椅子で毎日いびきかいているうちに
会期も最後の半日、ぼつぼつ片付けしようかと起きてふと見ると
何も言わんと作品ひとつづつ穴のあくほど視ている人がいます
あれ。土分けてもろうた萩の、え、なんで...。
こないだはどうもえ、ああ、家内が倉敷なもんで。
杉原さん。あんたには二度と土あげません。だってこれほどの
作品こんな安い値段で売って...。
こんなことされたら私らお手上げになります。
はあすみません。でもひとつも売れてませんが。
[.....]


2013. 07. 23  
あ、そうそう次の窯焚きの日時を決めましたので
お知らせ致します。9月14日に火を入れます。
前回は廣島ののぼさん古見さんが新登場で、何ともいい雰囲気
で盛り上がりました。ただおらの目の故障で迷惑かけて...。
申し訳なかったな-。

沙羅双樹の花の色。言うまでもないがもののあわれ、無常観。
このような思いが蔓延するなかでも芸術は生まれる。
戦乱に明け暮れる毎日が現実の世界であり、一方茶の湯の世界は
非日常な空間であらねば意味が無い。
この侘び茶の道具は高麗井戸から李朝時代の粉引き、柿のへた
等国産では楽茶碗、萩焼と新らしい思想は数多くの名品を生んで
いった。
話を私事にもどしますがかの茶の湯の宗匠にけちつけられた次の年
東京であった展覧会で数々の名碗を観る機会に恵まれた。
それから数年後、漆芸家の原田杜子史さんと萩のかまもとを訪ね
帰るときに無心をいって土をゆずっていただいた。



2013. 07. 22  
ワビ、サビの意識がこの時代に始まった訳では無論ない。
平家物語、源氏物語等この国に生きる民衆の心の根っこに存在して
いるものではあった。
前にも少し書きましたが、戦国と言われる時代に天下取りを目指し
た武将のなかで信長は民衆の安堵を強く求めていた点が異なる。
そのような見方で彼の生様を観るとなるほど。と思えるところがあ
る。それはともかく
茶の湯を芸術として確立させた利休の美意識に高麗の井戸茶碗は
もってこいの道具であったと想像がつく。

ただこの井戸茶碗は最近まで意図しないで出来たもの。なんていわ
れている。違いますよなにいってんですか。
そもそもこれほどの名器がそんなんで出来るわけがない。
これは名工が心をこめて作り上げた素晴らしい芸術作品です。







2013. 07. 17  
朝鮮の高麗、李朝あたりで造られた茶碗が我が国の侘び茶の道具
として使われだした時代の背景を思うと興味深い。
堺の街衆の間で始まる茶の湯は利休によって大きく変化する。
わび茶は利休の師であった珠光あたりにすでにめばえていたよう
におもえる。
私ごときが茶の湯の解説をするきはないが、多少踏み込まないと
話が前にいかない。
利休は天下を狙う信長と親交があった。このことが茶の湯を芸術
として確立させたとわたしは思っている。
信長が安土城下にキリスト教の布教をみとめたこと
この教会でおこなわれたミサの様式に影響をうけたと考えたい。
わたしはウイ-ンで個展の準備をしている合間に、とあるミュウジ 
アムでミサに使われていた器具をミサの様式共々観る機会に恵まれ
た。以来ミサの様式を参考にして利休は茶の湯の様式を完成させた
そのように今もおもっている。
もともとお茶そのものは高価な飲み物であったしこれに使われる茶
碗も舶来の高価な白磁であった。
このような流れのなかで詫び茶の様式と思想哲学が形造られていき
その茶の湯の茶碗に井戸が登場します。






2013. 07. 17  
焼き物の勉強やりだして、そこそこ形が出来だした頃から
抹茶の茶碗を造ってきました。
まずはかの有名な井戸茶碗に引かれ、いろんな土を試みながら
10年くらい過ぎました。
倉敷のギャラリ-で個展をしたおり初めて井戸ちゃわんを数点
並べました。このとき裏千家の師匠からこっぴどくやられました。
若造が茶碗とはおこがましい、でした。
おおよそ焼き物の仕事にかぎらずひとからばかにされたり、
けなされたりは日常茶飯事でした。う-んやっぱり自分には才能
なんていううもんがないんかな-。
今もそれは変わらない。にもかかわらずこりもせずつぎつぎと
挑戦と挫折をくりかえしています。
約50年の間の泣き笑いを物造りの立場で書いてみたいとおもい
ます。



2013. 07. 13  
DSCF0247.jpg
天目茶碗の撮影は難しいDSCF0226.jpg
DSCF0229.jpg
いまいち温度が不足していますDSCF0230.jpg
DSCF0231.jpg
伊賀の花入れ一輪差しです
DSCF0232.jpg
DSCF0233.jpg
志野茶碗この作品は気に入っています



2013. 07. 13  
毎日熱いですね-目が見えんかったら気が付かない汚れが
やたら気になって毎日掃除せなあかんな-。
思いながら日が経っています。
むりすんな 重たいもん持つななんて言われていますから
それをいいことに横着をしています。それに加えてこの熱さでいささか
ばてていますから渡りに舟といったところでんな。




2013. 07. 10  
DSCF0225.jpg
伊賀花入れDSCF0216.jpg
志の茶碗DSCF0223.jpg
紅志乃DSCF0221.jpg
2013. 07. 10  
手術をすると当分窯焚きが出来ない
それで入院前に窯焚きと窯出しをやっていました
退院してそれらの作品の出来の悪いのを選り分けてみると
随分だめなのがありました う-ん
心眼とかいってみてもやはり見えんことにはいいもんは
出来ないんだ これも体験してなっとくしました
とくに新しい志の茶碗期待をこめて120点焼きましたが
わずか十数点しか出来ませんでした
2013. 07. 04  
おらの場合心臓だけではないいろんな欠陥があるらしい
手術が可能かいなか前もって調べることになった
一通りの検査が済んでこれの判断をする医師に呼ばれ
そばに腰掛けたがしばらく発言がない
やがて
色んな荷物もっておられますなあう-ん
まあ一応手術可能と報告しておきましょう

いつのまにかいろんな荷物抱えて活きる様になったんだなあ
改めて想わずにいられなかった
そのことがあってかどうかは解らないが10日間の入院でした
昨年8月あたりから視力低下が進みブログも書けなくなって
いました
これから少しずつ書いていきます
2013. 07. 04  
先月6月24日に入院して目の手術を受けました
昨日3日に退院いたしました
なにせ目が不自由なためにブログも書けませんでしたが
今日から新たな思いで再スタ-トいたしますので宜しく
お願い致します



プロフィール

杉原大路

Author:杉原大路
1939年尾道市で産まれる
15才より倉敷市にて羽島焼故小河原虎吉、後に
丹波焼市野弘之に師事
北京市、人文大学、香港の出版社等より栄誉賞を受ける
曜変、滴珠、兔毫天目茶碗再現の鑑定証書を
北京故宮美術館呂済民館長ほか五名の国家鑑定家より受ける
鬼太鼓座代表松田惺山とのコラボレ-ション
現代美術作家とのグル-プ展日本陶芸展毎日新聞主催等に出品
日墺美術展倉敷市とウイ-ン出品
ウイ-ン、北京市倉敷市岡山市その他の美術館ギャラリ-等
で個展開催

インフォメーション
印賀焼:大路土窯 おろち陶芸同好会
鳥取県日野郡日南町印賀1438-10(旧大宮幼稚園)%%http://maps.google.co.jp/maps?q=35.239285,133.274098+(%E9%B3%A5%E5%8F%96%E7%9C%8C%E6%97%A5%E9%87%8E%E9%83%A1%E6%97%A5%E5%8D%97%E7%94%BA%E5%8D%B0%E8%B3%801438-10%EF%BC%88%E6%97%A7%E5%A4%A7%E5%AE%AE%E5%B9%BC%E7%A8%9A%E5%9C%92%EF%BC%89)&hl=ja&ie=UTF8&z=14%%35.239285%%133.274098%%14
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