--. --. --  
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2013. 08. 28  
押し入れの片隅にあのジョンウエイン主演の駅馬車のDVDが目に付き
久しぶりに観た。
この映画のラストシ-ンのせりふはいい
新しい文明が彼らを待っている
内乱の終焉。そして新しいアメリカがスタ-トする。そんな想いを
だれしもが期待しているその新しい時代を生きる勇気ある若い力
に期待し拍手する。
そこには古い時代の法律だの規則だのといったものからの脱皮が
必要となる。
法を守るべき保安官にそれをいわせたところがまたいい。
一つの時代が終わり新しい時代が来る。
このことは海の汐の満ち引きに似ている。
人が生きているということは同じところに佇んではいない。
同じ様に時代も動いている。その変化もおだやかな時と激しく
変わる時とがあるように想う。

志のの焼き物が戦国時代の終焉そして新しい江戸時代という新ら
しい時代の境目にほんの一時期焼かれた焼き物であった。
まさに時代の汐目に姿を見せ消えていった。
わたしは個人的に今という辰がまさに時代の汐目と想っている。
新しい文明は目の前に来ている。
その時代が求めている作品を生きているかぎり造りたい。

暑さも少しやわらいだようだし、あしたあたりからやるか


スポンサーサイト
2013. 08. 22  
先日庄原の久保さんから電話があり窯焚きの日時
いっそのことぐ-んとのばして
10月12日にしましょうやてなことにしますんで
お知らせ致します
柴田先生のラッパ、古見さんの篠笛、あたりをメインに
窯焚きコンサ-トもいいな-なんて..。


2013. 08. 21  
陶土にしても長石にしても人間の手の届かない大自然の営みに
よって存在している素材です。採取する場所が変われば内容が変
わります。また時の流れにより変化します。
私が19才に丹波立杭にいって間もなく古陶の中に美しい海老茶色
の作品に魅せられました。
ところがこれを再現することは不可能であることを知りました。
赤どべと呼ばれる材料がないとのことでした。
茶色の美しい土が環境のせいかどうか手に入りにくくなっていま
す。
倉吉の三朝に柿のへた、いらほ等すばらしい作品を残された森田
さんが日本の陶土と彼の国の陶土の違いを言っておられます。
なにごとによらず実際にその材料に触れた人でないと言えないこ
とがあります。

長石という素材にしてもおらなんかほんのわずかなことしか解っ
ていません。
と、いうことはあと500年くらい生きんと少しはわかりました
と自慢は出来ません。はあ
それにしても今更想うんだけど志のは面白い。
若い頃唐九郎先生にお前志のやらんかとすすめられて
正直あんまり興味なかったこともあってお断りしたんだけど..。
天目もそうだけどなんでおら売れもせんもんばっかやりたいんか
なあ。




2013. 08. 20  
高麗、李朝の優れた作品が我が国には相当数大切に保存されて
います。
むろん中国の白磁、青磁、天目等も..。
これらの名品を身じかにしてきた我が民族たちはたかだか千年
ほどの時の流れをたどって眺めて想うことはいかに彼の民族か
ら多くの影響を受け学んできたかが解る。

ここんとこ古事記を読み直しているんだけれどこれの伝承が全て
歴史上正確に存在したかどうかは別としてここにも技術が彼らと
もに我が国に伝わったとの記録がみうけられる。
民族にとって人類にとって悲しくも在り不幸とも言えるのが差別
優れた技を持っていた此れ等の人達と変化を好まない農耕民族と
の争い。時の権力者達は彼らの都合で優れた技術者を抹殺もして
きた。民族への偏見は彼らが大切とする文化を認めようとしない

たとえば志野も萩もいわば高麗、李朝の影響を受けている。
なんてもんじゃない。それらがあったから出来たと言うべきと
おもう。







2013. 08. 19  
2013. 08. 18  
毎年冬に岡山あたりにでかけると
ようあんな寒-いとこでいきとれるな-と言われるが
夏になればようこげ-んあちいとこで生きとれるな-とやり返して来
たんだけど今年の夏のこの暑さにはとことんやられました。
仕事になりません。えらいこっちゃです。
ところでこのブログを読んでいただいているなかで李朝の焼き物
に魅かれている御仁、かなり多いんだと思います
かく言うおらも大好きです。李朝と志野、釉薬が同じなんですが
このことを知っている人は少ないんではないかと思います
青磁は石灰釉あるいは長石釉に少量の鉄分をまぜて造ります。
基本になる色は透明です。
志野のやわらかい雰囲気の白い釉薬は李朝の釉薬と同じ長石釉です。
長石は別の名前を広戸石とも呼んでいます。
この長石に1.5あるいは2割灰をまぜて釉薬にします。
ところがこの長石はいつも成分が不安定で焼きもんや泣かせの
やっかいもんです。だから面白いとも言えます。
長石釉に鬼板と呼ばれる鉄砂で絵付けした作品をそういわれて
改めて見直してみていただくとふむふむ。とうなずいて頂けるんでは
ないでしょうかね。
ただ、志乃はいまだになじみが薄いやきもんのようでおらとしては
いささかさみしいんですがね。

2013. 08. 13  
この世の中に生きていると不思議な出来事に巡り会う。
そのことにその場で気が付くこともあれば時が経ってのこともある。
光悦が生きていた時代となるとはるか昔のことである。
そのことからいってよほど特別なことでもなければその作品を身じ
かに観賞するなんてことあるはずもない。
ところがである。最初は倉敷の大原家であった。銘は早船。
次は東京で不二山、乙御前等数点、そして村上水軍の家宝であった
膳所光悦。
いまひとつ同じ総社市のあるお宅で景徳鎮の初窯と刻印のある
青磁の鉢も手に取ってみせてもらった。
その後、明日か時代、縄文後期に加工した玉鋼との出逢い等等。
毎日次に造る作品のことで頭が一パイのおらなんだけど、目ん玉
の修理以後のたくっていたらこのところの暑い毎日にほとほと
参っています。
ひょっとして9月14日の窯焚き延ばさなければならないとおもい
ます。
このことはまた改めて変更する場合はお知らせ致します。
昨日は栃さん夫婦久しぶりにラブラド-ルのショコラ君と顔見せ
にきてくれました。





2013. 08. 12  
目の前に置かれた黒楽の茶碗、まぎれもない光悦作
女房の実家は村上水軍の頭領でして先日当主である父親が彼女
を含めて三人に財産分けするとかで帰りました。
長男は刀、二男は鎧、彼女は残り物の茶碗と。家に帰ってもその
ことをなんにもいわんからたずねたんです。
そうしたら
私にはうす汚い茶碗ということだった。
でそれどうしたんだといいますと
車のトランクの中に放り込んでるいうんで..。
それがこの光悦作の茶碗というわけですか。
膳所光悦の三椀。一つは加賀の前田家に、一つは徳川家光にいま
一つは行方知らず。と当時の記録にはあるそうですが。
どうやらそれがこれらしい。
女房にしてみたら兄貴たちはいいものもらって自分にはうす汚い
茶碗であったんがそうとう腹が立ったとみえます。
まあわたしは此れ売ったら豪邸の一つや二つ買える位の値うちが
ある。とはいっときましたが..。

2013. 08. 11  
Nさんに光悦と言われてまたか、正直あまりいい気分ではなか
った。それというのも数ヶ月前に東京のさる人から、光悦は
いくらでも手に入るとさんざんきかされてうんざりしていた。
いくらなんでもそんなことありえない。といっても相手にされん
かった。もう偽ものがどうどうと市場にながれていて当時の
金持ち連中のあいだでは真贋混同で品物が動いていた。
おらなんかの田舎もんのやきもんやにはとうてい付いていけない
世界があったし、それは今もある。
石川五右衛門の言うところの世に盗人はなくならない。と同じ様
に偽物も手を変え品を変え世の中にありますなあ。
焼き物では光悦あたりはベスト10の上位でしょうなあ
ぼんやりそんなことを考えていて亭主が点てている茶碗を観てい
なかった。
黙って点てていただいたお茶をいただくために茶碗を目の前にし
てむむむ。
此れはただ者ではない。瞬間のカンピュウ-タ-ビビビときました。
当のNさんそんなオラを眺めてにっこりです。



2013. 08. 10  
倉敷から総社市に移って間もなく、物産展にだしてほしいと
市役所から依頼がありました。
茶碗等数点出したんだけどそれが売れたんかどうなったんか
もう記憶がうすれかけていた頃。
とあるスナックでNさんと出逢った。
こないだ売れ残っていた茶碗わしが買いました。
はあそうですか有り難う御座いました。
よかったらこのあとうちに来ませんか。かなり酔っていましたが
訪問することにしました。
彼は住友の社員であった若い頃から焼き物を集めていてかなりの
数押し入れにありました。
人間国宝の作品も中にちらほら。
彼らが世にでんうちにこうたけ-安う手に入れてます。
この李朝の花瓶いいですね。
あ-それよかったら差し上げますよ。
そんなことよりまあお茶を差し上げましょう
ぜひみてほしい茶碗がありまして...。
なんでしょう
光悦です。
2013. 08. 08  
次回の窯焚きは9月14日の早朝より15日にかけてやることに
決まりました。お知らせいたします。
毎回新しい人が参加して愉しいゆかいなかまたきにしてくれて
います。
2013. 08. 08  
今日は廣島組三名、のぼさん、古見さん、久保さんがやってき
ました。
やったことのないのぼさんがいきなり野点の茶碗に挑戦する
とのことで話がもりあがりました。
かれら三名バイク仲間なんです。
んでバイクに茶道具つんで行く先でお茶点てるのに使う茶碗が
ほしいという。茶碗はへりくつこねるだけが能ではない。
気軽に気に入ったときに気に入った仲間と愉しめばよい。

2013. 08. 06  
茶の湯の茶碗が単にお茶が飲めればいいだけであれば大したこと
ではない。
様式美としての茶の湯となると簡単にいかなくなる。
相撲が喧嘩ではないように茶の湯も様式となれば...。
さてさてえらい小難しそうなその茶碗に使う人達はどんなことを
要求しているんだろうか。
まず箱を開けて手に取ってどうぞ。と目の前に置かれた茶碗。
姿、形からはじまってああだこうだと二十項目位の厳しい見立
にさらされます。
絵であれば二次元である面であり彫刻であれば三次元、立体で
す。
茶碗にはそれらよりも多くの要求が求められます。
全体の姿、碗の中、ふち、見込み、茶だまりのあるなし、茶筅の
あつかいの善し悪し、高台、手持ち、飲みやすいかどうか、使い
込むとどうなるか、大きいか小さいか、あきがこないか。位のこと
は一服のお茶のむあいだに観るんだから
おっそろしい。
このような人間離れ。あ、失礼。している人相手にショウバイする
おら。とほほ、一年に数人の人に値段をきかれますがたいていは
手が出ませんである。本音言えば
手は入りません。ほしいいのはオアシなんだけど。ハア

2013. 08. 05  
いやあ久しぶり、両君の来房は前のチビ窯最後の窯焚きでしたな
昼になったんで近くのそばや清水やにいきました。
ここの夏椿はきれいで毎年愉しみなんだけどどうやらもう終わっ
ているみたいで残念でした。
9月の窯焚きには参加します。
やっぱりあの雰囲気は独特で楽しみにしています。
あ最近焼酎やめているとおもい今回持参しませんでしたが
なにいうか毎日やっとる
え、ドクタ-ストップではないんですか
たばこはかかってもう一年以上一本も吸ってない
えらい。とは言ってくれんかった
たばこの煙より松割り木の煙が吸いたいおらでがんす
2013. 08. 04  
茶の湯の道具類が高価なのとお茶が同じ様に高額であったことと
まんざら無関係ではない様に思われます。
茶の湯の点前に様式美がある。いってみれば茶の湯そのものを芸術
とする。そういった想いが日本民族のd.n.aの中にひょっとしてすり
こまれているんかなあ。
お茶を一服さし上げましょうといえばたいていの人はあらたまる。
ところで茶の湯の道具類の一つとするか其れそのものを芸術作品
とするかによって内容は異なる。
..芸術として..に意味がある、芸術と定義してみるなら其れは単に
用器を超えて普遍性をもつ作品として考えなければならない。
 
利休が確立した様式美の型を出来るだけ正確に守り伝えていくか
に腐心している家元。一方でこの型にとじこもらないお茶の心を形
にしてみせた織部。
利休の美意識には守るべき型とこれを打破する。矛盾するように思
える考え、があったようだ。
織部に宛てた手紙にマンネリになることをことさらいましめている

最近相撲があんまり面白うのうなったなあ。と思いながらしかし
たまにラジオで放送を訊くことがある。
解説者の舞の海さんの話がすきです。
この間も相撲から様式を無くしたら単なる喧嘩になってしまう。
と言っておられた。そうそこなんよ、なんで茶碗であってそれが
芸術といえるんか。

茶の湯の様式をふまえての芸術といえる作品を目指しての産みの
苦しみは物造りであればあたりまえであるんだけれど、其れは一
面活きている歓びでもあります。

ひつこいようだけれどかっての名のある識者は
井戸茶碗を 無意識の産物といってきたんは、あれなんやねん
無意識に土いじっとったら芸術作品がでけた。
おらにはとうてい考えられん物言いだとおもう。




2013. 08. 03  
日本人で焼き物に興味を持つが粘土を手にしたら何を造りたい
いうかな。
ま、みんなとはいわないまでも茶碗と言う。そう唐九郎先生はそ
のようにいって、しかしながら
桃山時代の数人以外芸術作品といえる茶碗一人もよう造っとらん
光悦は別らしいが..。
まあよくもそこまで自分にプレッシャ-かけれるもんだなあと感心
する。
おのれに厳しくありたい。その生き様はすごいとおもうがマネは
とうていできないなあ。おらには..。
人の作品あんまり観てないからかもしれないんだけど。ただ、
先生の茶碗はかなり観て来たし、ル-シ-リ-のボ-ルもずいぶん。
唐九郎先生茶碗に何を求めていたんかはおらにもぼんやりとは
解らないでも無い。ただあのようにいいきってしまうとなんだか
茶碗造るたびに息が詰まる。おらのように単に心臓が弱いという
だけでなく。
たまたま目の修理が出来て久しぶりに 司馬遼太郎の空海の風景
読んでますんでやや空海にかぶれているおらの頭。かなり片寄って
いるかもしれませんが、たかが茶碗でしかない。
いってみればしゃばしゃばと点てたお茶がおいしく飲めりゃいい。
とおもう。其れ以外はどうでもいい、へりくつだとおもいますが。


2013. 08. 03  
2013. 08. 02  
あるとき仁熊さんそれに一文字の三宅さんが我が家にこられ
辻原先生の展覧会を計画している。とのことで協力してくれ
てんで100点位あれこれつくり、これに先生が絵をかかれました
これらが焼き上がりやがて大々的な展覧会となりました。
今思うとあのようなことは二度と出来ないだろうなとおもいます。
ひとつには辻原先生のお人柄。いま一つは弟子であった仁熊さん
の行動力。この二つのエネルギ-が渦巻きとなって周りを動かし
いつのまにか大きな形にし、多くの人に感動を与える。
数年後、初めて仁熊さんの個展を観ました。
辻原先生がそうであったように彼の内にたぎるものは100mの
キャンバスといえど、こんめ-の-と言うだろうな。でした
そういや-久しゅう会うとらんな-今度倉敷に出たら会おうっと

プロフィール

杉原大路

Author:杉原大路
1939年尾道市で産まれる
15才より倉敷市にて羽島焼故小河原虎吉、後に
丹波焼市野弘之に師事
北京市、人文大学、香港の出版社等より栄誉賞を受ける
曜変、滴珠、兔毫天目茶碗再現の鑑定証書を
北京故宮美術館呂済民館長ほか五名の国家鑑定家より受ける
鬼太鼓座代表松田惺山とのコラボレ-ション
現代美術作家とのグル-プ展日本陶芸展毎日新聞主催等に出品
日墺美術展倉敷市とウイ-ン出品
ウイ-ン、北京市倉敷市岡山市その他の美術館ギャラリ-等
で個展開催

インフォメーション
印賀焼:大路土窯 おろち陶芸同好会
鳥取県日野郡日南町印賀1438-10(旧大宮幼稚園)%%http://maps.google.co.jp/maps?q=35.239285,133.274098+(%E9%B3%A5%E5%8F%96%E7%9C%8C%E6%97%A5%E9%87%8E%E9%83%A1%E6%97%A5%E5%8D%97%E7%94%BA%E5%8D%B0%E8%B3%801438-10%EF%BC%88%E6%97%A7%E5%A4%A7%E5%AE%AE%E5%B9%BC%E7%A8%9A%E5%9C%92%EF%BC%89)&hl=ja&ie=UTF8&z=14%%35.239285%%133.274098%%14
メールフォーム

*上(別窓)のメールフォームが表示・動作しない場合はこちら

カレンダー
07 | 2013/08 | 09
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
カウンター

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。