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2014. 05. 23  
芸術なんちゅう言葉使うと昔はえらそうな言葉とおもわれて
おらああんまりひんぱんに使う気になれなかった。
一番ぴったりはまるな。茶わんや
そう思う様になって..。じゃあ茶わんやっつう言葉、八木一夫さんが使
っていましたなあ
どうせちゃわんや
そうどうせをつけとった。これどういう意味。逢う機会があれば聴い
てみたかった。

山から丸太を運びこみこれをだいたい50センチ位の輪切りにして
割り木にする作業はけっこう手間がかかります。
おらにしてもこのところ土方仕事が毎日でいささか疲れ気味。
そんななかで割り木をつみあげました。
なんだかここんとこ感傷的になっているんかもしれない。無性に味
のことが思えてならない。
いまどきこれほどこだわって焼きもんやっとるもん、どれだけ居るん
だろう。
それにおらのわがままで窯だって造っては壊しをやるはで..。
そういえばこないだ松江の飯島さんから
おかしいんじゃないの..。
ん-かもしれんな。また他にもいったい窯壊しとんのか造っとんのか。
だよなあ。こんなおらにまあよう付いて来てくれてありがたい。
しみじみこの場所での約10年を振り返っておもうとります。
んでこれほどまでして一体ナにを求めとんのかいうと、味かなあ



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2014. 05. 16  
この間始めた素焼窯今日やっと出来ます。
寒さのぶり返し等もあり、かなり手間がかかりましたが..。
さて、釉薬をかける際、素焼がしてあれば釉の剥離が防げます。
では施釉するものは全てそうかといえば、そうとも言えない。
形を造りこれが乾燥させて施釉する方法もあります。
前に化粧のことを書きましたが此れの場合乾燥途中でやります。
ん-、まてよおらあ丹波にいたとき釉薬も同じにやってましたな
ただ、素焼をしてないと常に剥離がつきまといますが御茶人の中には
これも味があっていいなんていう人も居ます。
素焼窯はせいぜい900度程度やければいい。
であれば市販の赤煉瓦でもかまわないんだけど、今回造った窯は1300
度上げても大丈夫です。
窯の耐火度はそうでも構造がいまいちなんで1270度あたりまでがせい
ぜいかな。
萩、粉引きなんかであれば焼けます。



2014. 05. 13  
季節の変わり目いささか体調よろしくない。
とはいえやりかけた素焼窯半分位やって数日何もせずにぶらくっ
て。あそういえばめずらしく家のかたずけ、掃除なんかやりなが
ら過ぎまして日曜日安来の香西さんと松江の飯島さんそれと黒崎
三名の手で屋根をやってもらいました。
次の日は低気圧で大荒れの一日でした。
今朝はきれいに晴れ。
新緑のまぶしい山を眺めながらさてっと。
ア-チ、焔道、煙突。残りの作業やっつけな。
がんばるべ
2014. 05. 10  
当時倉敷の窯元の故小河原虎吉の下から丹波に..。
19、20才の間。ある日朝日新聞の日曜版に大きく取り上げられて
いたのを記憶している。
先生は高麗青磁の再現に努力して見事に成功された。そのことは
たしか名前は書いていなかったように思うんだけど..。
ある日本人がいて彼に指導を受けた。
何度も試作したものをみてもらいながら努力を重ねての成功。

もう半世紀も前の記事、うろ覚えはいなめない。しかし、日本民族
は中国、朝鮮、韓国等の焼き物を造った民族以上にこれらを評価し
大切にあつかってきた。そう思うのは私だけではあるまい。
かく言うこの私も日本民族とは異なる異文化に影響を受けながら今
がある。
自分のアイデンテテイが縄文時代に遡るのかどうかは解らない。
ただ、過去に造られた作品には言葉で現せない魅力が内在している
とはいえ現在を生きる茶碗やのはしくれ、過去の物まねに明け暮れ
るつもりはない。
いつも思う事は新しい美の追求である。
無論お茶の様式を逸脱するというのではない。
利休の時代に生きた人達が確立した茶の湯の様式は日本の美意識の
根っこともいえる。
これの形式を忠実に伝える家元は今も存在している。
一方でひょうげもので知られる織部。かれの目指した表現の世界は
形式に捕われると、ともすれば惰性に陥る。との師利休の言葉を
受け、独自の表現と言えるオブゼをこの時代に産んだ。
そして光悦が遠州がその思想哲学を受け継いでいる。
形は大切、芸術とはその形を破るにある。形の無い造形は形無しとい
う。









2014. 05. 03  
クラレの会社、退職記念品としておら作の茶器を贈って頂いて..。
ん-四十数年。ここ数年注文がないんでもう来ないんだろうと思っ
ていたらこないだ久しぶりに50組注文頂いた。
この作品造るのにかなりの日数がかかります。キウス90-100
湯のみ450位の数は造りますから一か月くらいはこれに係っきりに
なります。
やっとこさ造り終わってあたりを見渡してみれば雪景色に変わって
今や百花撩乱。山にも遅い春がおとずれました。
さてと次にかからないかん作業。年末に築いた素焼窯が気に入らん
これ解体して以前あった場所に移転することにして、このところ
土方仕事の毎日、基礎からの作業なんでかなり体力が入ります。

このところ小保方さんのことが気になって...。
ん-そう、いささか人ごとと思えないなにか重苦しい感じがして
紹介されたブログ、中部大学の武田邦彦教授の話に耳を傾けていま
す。
ものまねの研究で権威と地位を築いている学者にはこのような出来
事を判断出来ない。にもかかわらずNHKとかの権威があおりたてて
一人のまじめな研究者をパッシング。
テレビ中毒症候群。恥をしれ。といいたい。
優秀なさるまね学者は育つこの国には未来を切り開く人をよってた
かってたたく。

精華堂の学芸員はじめ、多くの権威は曜変天目は偶然の美といって
はばからない。また陶芸家と名乗るクロシロ問わずこれのコピ-、
写し、まねやってこれまたNHK、三越といった権威が神輿担いでいる
おら曜変天目は芸術作品だと思っていたんだけどちがうんですかへ-
偶然出来た作品だったら芸術ではないですよね-。それがいかに素晴
らしい作品であれ。
また、有名な作品だからといってそれのまねやって似た物造って...。
彼らに未来はない。




プロフィール

杉原大路

Author:杉原大路
1939年尾道市で産まれる
15才より倉敷市にて羽島焼故小河原虎吉、後に
丹波焼市野弘之に師事
北京市、人文大学、香港の出版社等より栄誉賞を受ける
曜変、滴珠、兔毫天目茶碗再現の鑑定証書を
北京故宮美術館呂済民館長ほか五名の国家鑑定家より受ける
鬼太鼓座代表松田惺山とのコラボレ-ション
現代美術作家とのグル-プ展日本陶芸展毎日新聞主催等に出品
日墺美術展倉敷市とウイ-ン出品
ウイ-ン、北京市倉敷市岡山市その他の美術館ギャラリ-等
で個展開催

インフォメーション
印賀焼:大路土窯 おろち陶芸同好会
鳥取県日野郡日南町印賀1438-10(旧大宮幼稚園)%%http://maps.google.co.jp/maps?q=35.239285,133.274098+(%E9%B3%A5%E5%8F%96%E7%9C%8C%E6%97%A5%E9%87%8E%E9%83%A1%E6%97%A5%E5%8D%97%E7%94%BA%E5%8D%B0%E8%B3%801438-10%EF%BC%88%E6%97%A7%E5%A4%A7%E5%AE%AE%E5%B9%BC%E7%A8%9A%E5%9C%92%EF%BC%89)&hl=ja&ie=UTF8&z=14%%35.239285%%133.274098%%14
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