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2015. 02. 26  
人生五十年、夢、幻の如くなり。
我が身に置き換えてみれば今七十五。25年長生きしている。
ただ、産まれて以来25年、この世に曜変天目があることを
知らなかった。
やがてその存在を知り、曜変の美の世界に触れた。
以後これの美を追い求め、今に至っている。

中国の南宋の時代に曜変天目は造られたと思われる。A.D1125年
頃.私の想像で云えばこの時代に一度きりの窯で数点の作品が産ま
れた。と思っている。
我が国に現存する国宝の3点以外に信長と共に焼失したとされる
幻の曜変天目がある。

中国の宋時代に最も高く評価された器は青磁であった
北宋官窯青磁、南宋では砧青磁。
曜変天目は窯出し以後時を待たずに日本にきている。
いくつかの文献にには禅宗と共に云々...。
が、わたしにはこの記述に同意しかねないでいる。
このことは改めて書くが、本命である幻の曜変天目とはいかなる
ものであったのか。
p.cのまえで此れに関してかいてみたいとおもいながら未だに本音を
書けないでいる。
書きかけては挫折の繰り返しであった。

本尊が幻であればこれの正体をつきとめるなんてのは至難である。
しかし、自分が25才のころ出逢った曜変の美はやがて現実の世界に
を突き抜けて今だ存在しない未来へまでも私を誘う。
私は物造りであって其れ以外の何者でもない。
かってこの世に存在し、本能寺で焼失したとされる茶わん、こそが
世上になき美を持つ作品であったのか、或は曜変の名を冠する現存
する国宝の3点も併せてなのか。

曜変の定義をどう考えたらいいのか。正直自分には言葉で言い表せ
ないでいる。









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2015. 02. 20  
本能寺で焼失したとされている曜変天目茶わんとはいかなるもので
あったのか。
此れを語るに足る資料が手元にないんだからあくまで想像の範囲で
しかない。
とはいえこの作品との拘わりはすでに50年となる。
で、このあたりでオラの本音を述べてみたくなった。
んだども、此れ読む人を幻の話で煙にまこうというじゃないし
800年前あたりのことを観て来た様にいうつもりもないし..。
まあ出たとこ勝負でいってみようとおもうとります。
なにせ事が事、ものがもの。終点にたどり着けるか挫折するか。
幾分長丁場でいってみよう思うてます。
2015. 02. 15  
空海の風景。司馬遼太郎先生の作品に出逢い、二度高野山を訪れ
てている。
中国の建窯で造られた曜変天目茶わんとの出逢いは尋常ではない
強烈なものであった。
私がこの茶わんに宇宙を観た。
司馬先生は空海とは1500年もの時間差があり、この事を思うと
空海をどう描くかというよりこれを読む者に風景をかいま観る事
が出来たら、と述べておられる。

曜変の美の世界が自分とはかけはなれた遠いものではない、身じ
かに存在する世界なんだ。
そう認識出来るまでに50年の歳月が必要であった。
一碗に宇宙を観た感動からこれの美の世界を自分の手で..。
今思うとこの50年の年月は短くはない、しかし過ぎてみれば
ほんのわずかな時間のようにも思える。

面白いのは辰の流れのなかで変わる自分だとおもう。
いままでぼんやりとしか解らなかった世界がかたちとして身じかに
なった。
曜変の美の世界は宇宙という想像を超えた広い世界と思いこれを
追い求めていたんだけど..。
その宇宙の創造主は自分から遠く離れた所でにはなく私の内にも
私の身じかににも形を変えて存在しているんだ。
このことが理解出来たときから幻の曜変天目は幻でなくなった
混沌とした乱世を思わすいまの時代を超えた向こうに人類は新しい
時代を迎えねばならない。
そしてその時代に必要な新しい曼荼羅がいる。おらに架せられた使
命がはっきりと見えて来た。

蛇足かもしれないんだけど2年前、心拍停止の一時、目の前に泥沼に
ある萎れた蓮をみていた。
その私に人がきたので訪ねた
ここはどこですか
はいここは次元を超えた世界です
この場所にあるのは蓮ですか、なぜ萎れていますか
時がおそいからです、蓮は日の出とともに花は枯れます。DSCF0114.jpg














2015. 02. 13  
体調がも気力もいまいちといった症状であれば明るい気分には
なれない
そんな状態が一ヶ月以上となれば..。
ありがたい事に数名、気に入ったブログを載せてくれている人
がいて彼らから情報をもらいそこそこ勉強させてもらっている
へ-と思わず声が出たのがオラ以外5名、症状が軽い人重い人が
オラに似た状態になっている。
そんな中の一人がかなり詳しく報告されていて二度びっくり。
そんなことがあるんかいなあ。いや、あるから起きたんだよなあ
悪魔のいたずら。
報告頂いた人はかなり大変だったようで年末から正月にかけて苦し
い日々がありほとんど何もできなかったようだ
そんななか此れが全快すると素晴らしいことが起きるとの確信もあっ
て、事実彼は回復してすばらしい仕事がやれる様になっている。
我が身に置き換えてみてう-んとうなってしまっている。ただ事では
ない。同じ事がオラにも起きたんだ。
一時的な虚脱感の後に清冽なエネルギ-が注がれだした。
穏やかでそして今迄に無いすばらし力が湧き始めた。

ふと。
もうかれこれ20年にもなるだろうか、山深い疎路を歩いていたが
その路にそって黒いものがかいるのに気が付いて足を止めた。
よく見るとそれはからす揚羽の群れで、じっとたたずんでいた。
ところが、
やがて私の周りをそのむれが螺旋を描きながら動き出した
そして私を取り囲んでだ数百の蝶が舞う。其れは夢、現、幻。

信長と共に焼失した幻の曜変天目とはいったいどのような模様
だったんだろう。
実はそれを想いあれこれ考えていて出逢ったのがこの出来事だった
あれから既に20年経っている。
今度の窯で出来るか、想いは天に届くか

2015. 02. 11  
3月14、15日で窯焚きします
ところでただいま寒の中、こないだ久保さんと飯食いにいった帰り
椿の枝を数本持ち帰ったなかの二本がほっこり咲きました
毎年同じ薮で数本我が家に持ち帰るのを楽しみにしている
此の山に棲んでいると春、夏、秋、冬の季節の節目をはっきりと
感じる事が出来ます。四季の中、とりわけ寒い間はいくらか長く感
じます。
年末から体調が思わしくないことも重なってかいまいち気力が冴え
ないなかでの毎日は一寸つらい。
とはいえ春は近い。窯焚きが近くなればやらなならんことがあれこ
れと重なる。


プロフィール

杉原大路

Author:杉原大路
1939年尾道市で産まれる
15才より倉敷市にて羽島焼故小河原虎吉、後に
丹波焼市野弘之に師事
北京市、人文大学、香港の出版社等より栄誉賞を受ける
曜変、滴珠、兔毫天目茶碗再現の鑑定証書を
北京故宮美術館呂済民館長ほか五名の国家鑑定家より受ける
鬼太鼓座代表松田惺山とのコラボレ-ション
現代美術作家とのグル-プ展日本陶芸展毎日新聞主催等に出品
日墺美術展倉敷市とウイ-ン出品
ウイ-ン、北京市倉敷市岡山市その他の美術館ギャラリ-等
で個展開催

インフォメーション
印賀焼:大路土窯 おろち陶芸同好会
鳥取県日野郡日南町印賀1438-10(旧大宮幼稚園)%%http://maps.google.co.jp/maps?q=35.239285,133.274098+(%E9%B3%A5%E5%8F%96%E7%9C%8C%E6%97%A5%E9%87%8E%E9%83%A1%E6%97%A5%E5%8D%97%E7%94%BA%E5%8D%B0%E8%B3%801438-10%EF%BC%88%E6%97%A7%E5%A4%A7%E5%AE%AE%E5%B9%BC%E7%A8%9A%E5%9C%92%EF%BC%89)&hl=ja&ie=UTF8&z=14%%35.239285%%133.274098%%14
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