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2015. 04. 30  
前に天目茶碗が中国、宗時代に大量に造られたにもかかわらずなぜか
窯変と想われる茶わんは欠片さえない。この事に関して中国人である
シヨウ丹と云う人が詳しく書いている。
なかでもなるほどと想われる文面にはつぎのようにある。
宗の時代といえば天目が盛んに造られている
であれば其の中に窯変も千、万の中に数個かもしれないが出来てはい
た。
1焼き物は神聖な生業であって、常と異なる兆しがあればこれに拘る
者はそのような器物は破棄したとある。
しかしながら吾が国には国宝として数点存在している。
そのことについて
日本文化の矛盾と相克であると云う
速い話窯変は中国人の作品である、しかし其の作品は宮殿に入って
いない。無論帝王も観ていない。
しかしながら日本にそれが持ち込まれている、此の作品は窯から出て
間なしに日本に入ったために中国銘は無い
北、南宋朝において青磁と同格あつかいされた兔毫、油滴天目茶わん
とは違う運命をたどる。
中国では忌とされた窯変天目茶わんが日本では国宝である
名前も窯変から曜変となる。
国宝茶わんに見える日本文化の矛盾と相克という論文にかなり詳しく
書かれているから興味あればご覧下さい。ヤフ-で検索できます
この論文、かなりの労作だとは認めるんだけれどやはり茶わんや
であるおらにすれば全部うんうんとはいえない

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2015. 04. 28  
焼きもんに特別な興味があったわけではなかった
自分が物心ついた年といえば多分5才あたりだろうか
今想うとそのあたりは戦時中であり自分に食べ物をくれる
親がいてなぜかそこに自分がいる。
後で知った戸籍とかとは関係なく自分の親として優しい人であった
松本正夫との数ヶ月は自分にとってかけがいのない思い出を残して
戦地に散っていった
その後自分が焼き物にかかわり生きていく中で折に触れ父の事を想
う。
彼とはどうも血のつながりはなかったようだ。にもかかわらず父を
ずっと感じ歳とともに彼がなつかしい。

中学の卒業証書を手に故小河原虎吉の弟子にしてもらった
んでそのまま茶わんやの世界でおとなしく生きていればそれはそれ
なりの生きようもあったとおもう。
ここでおらの自分史をかくつもりはないので、というかかなりそれ
似近い事もかいているが今あえて書いてみたいことが幾つか頭に去
来している。
またかといわれるかも知れないが自分が焼き物に多少の魅力を感じ
たのは、河の真水と汐との鬩ぎ合う中に生きていたしじみの模様に
触れた時感動した美は後に自分の人生をかけてみたいとおもった曜
変天目茶わんに導かれていく。中国で忌嫌われた曜変は千、万とい
う内の一つ出来るかどうかの気の遠くなるような話といえる
とはいえ自分が曜変を目指した経験からすればいわゆる普通窯変と
云える物は一窯で数点は普通でである
中国の皇帝の忌む作品となれば、特に兔毫の曜変にしぼって考えて
云えばかなり確立は低い。
なお云えば日本で国宝とされる曜変の美と遜色ないほどの作品と
なれば太平洋の海の水を柄杓で日本海に移し替えるに等しい行為と
想う気の遠くなる十数年のなかで数点といった状態である

経験して云える事だけれどそれほどまでにかの美の世界に魅せられて
来た今日迄を想うと、彼の国で忌むべき焼き物とされたこともあなが
ち的外れとも云えない気がする。
今あえて云わして頂きたいことが二つある
1、自分が曜変の美の世界に憧れたことは事実であった。しかしそ
れがそのまま中国文化への相克ではない。
先の論文にあるような、それが事実であるか否かは別で、自分が求
めた美の世界はその範疇にはない。
作品が中国のものであるとかないとかは自分に何の関係もない
私がかの曜変に観た美の世界は過去の陰陽の占いでもないし、自然現
象の瑞、忌のたぐいとは異なる。
わたしはあのなかに人類の理想の未来をみたのである
空即是色、ともいえるし色即是空ともいえる無限の可能性を観たの
である。
2、曜変天目が千年の間、日本人の中国文化のへの憧憬としてこれの
再現を試みて今日に至っている、との指摘には疑問がある。
中国で約800年位前に出来て間もない中、日本に来た曜変天目茶わん
は世上にない美の世界といえる。
であるがゆえに我が国の焼き物をなす人達がこれの再現を夢みた人も
いた事は事実であろう。
問題なのはかの曜変とは全く異なる手法で造られたレプリカをひけら
かす手合いがいる事だ
国宝に指定されている曜変天目茶碗は紛れも無く芸術作品である
たとえ日本の権威であるNHKが三越が担いでもレプリカは芸術では
ない。
曜変天目茶碗を芸術作品ではなく偶然の産物として考えるなら問題
にする事も無い。
室町時代、時宗の生きていた時代、値絹萬疋と云われたものも芸術
作品と認めたから付けられた代価ではなかったのか。
世上になき美の世界と賞賛した人達の鑑識は何であったのか

曜変天目の美の世界に二十代の頃出逢い世上に無い美に感動した
そこに観た世界は無限の可能性を秘めていた
或る模様を小手先で描くちっぽけなものではない
曜変の模様は未来に限りない可能性を秘めた芸術作品である








2015. 04. 27  
先日久しぶりに岡山の町をぶらくりました
普段JRで1時間半、今回は荷物があり安来の宇畑さんに
御世話になりました
岡山では柴田さんと落合まして個展の約束を果たし夕方
帰ってきました
この個展のメインは茶わんです画廊のオ-ナ-の希望もあり
オラとしても納得でした
日時は再来年の3月っう事、かなり先のことで鬼が笑ってあくび
もでて..。
オラ生きとんかいなあそれがやや心配でがんす
このところ体調が良くないんで幾分気分がめいってますんではい
こないだリハビリのつもりで久しぶりにうどんうちましたが
見事失敗しました、気晴らしのつもりが反対になりました


2015. 04. 22  
こないだ入道の家の近くでそうとうな量の土器がでましたがあれは
どうなったんですか、県の文化財の倉庫におさまったともおのえな
いし。
あの土器に混ざって鋼があったのをオラはもらったんだけどあれ
いい色でした。
以前明日か時代あたりのをもらったんだけどあれ全部使い切って
もう手持ちが無い、あきらめていたんだけど...。
ふふふあきらめてもらっては困る。なんとしても夢は実現せんこと
にゃおもろうない。
前回の明日か時代の玉鋼のときと同じ色が今回のにもある。
これらの鋼を観ていると古名刀のものと新刀のとでは明らかに違い
が解る。
あんたにゃあ解っても肝心の専門家と称する連中が解っておらん
かれらは地金を捨てた。まんがにしか興味がない、困ったものよ
こないだそれとよく似た話があって...。
紛い物の曜変で業界ではちょっとした話題になってははは。

世の中全て真のみでは成り立たん贋もある、それが人間世界の面白
いところよ。

2015. 04. 15  
久しぶりに藤本入道師に登場いただく
日本での刃物の鍛錬は何時頃の時代からと観ておられますか
古事記なんかだと五世記あたりなんかに朝鮮との交流が書かれてい
ますが、どうも其れ以前からとオラ思ってるんだけど。
うんうんまだ古い。
弥生時代あたりか。
まだまだ。
となると縄文となる。
そ、そのあたりから既に始まっとるなあ。
そうなると学校で教えている歴史はむちゃくちゃになる。
あんたがあんなもん信じとるとはおもっとらんが..。
まあね。
そんな事はどうでもいいんだけど刀の世界でいう所の古は一万年で
南北朝あたり以後が新刀ということに..。
まあそうなるなふふふ。
刃物は基本的には切れないんじゃ意味が無いんだけど
そう、折れず曲がらず刃こぼれせずが名刀といえる。
平安、鎌倉、南北朝。このあたりが茶わんやのおらには特別興味
があるんだけど他の時代と何か共通する点を聴きたいんだけど
ん-原料だな、玉鋼と木炭かな。自分が神道をやっとるから云うん
だが祈りの波動があった。
たしかに、トン、テン、カン。は天下太平五穀豊穣の祈りを込めて
打つ。
木炭は松とほとんどのモンが決めているがわしは違うと思うとる。
折れる、曲がる刃こぼれするのをつくるんであれば松はいいんじゃ
けどふふふ。
松には硫黄があるから。焼きもん屋には大事なものなんだけど刃物
にはよくない。
問題外と云うかもしらんが時代の汐目があると想う。
瀬織津姫
人間の働きに天が共鳴して、或る時期それまでとは違う特別な波動
が生まれ、自然界も動く、今の平和ぼけには想像できないじゃろう
が。
茶わんやの自分のもなんとなく解る気がします。
曜変天目茶わんが中国で時を同じくして産まれていることを想えば
入道の話は理解出来る
あんたは天目の全てをすでに解っている。
我天を解せず、未だ迷いのただ中にさまようてます
ふふふ迷いの霧は必ず晴れる。晴れれば宇宙が吾が内にあると解る
あせることはない。



2015. 04. 10  
もう10年以上前になるだろうか上海に営業所を出していた甥のツ
リンの所に1ヶ月位世話になった。
彼の二男のSHOKOのに通訳してもらって天目山にいった。
晩秋の山は霧に包まれて視界はぼんやりと墨絵の世界であった。
天目山は総称であっていくつかの山々には複数の名前があると聴い
ていた。それらの山で日本からも此の地にきて禅の修行をしていた
とは事前に聴いていた
私達も霊気に満ちた場所に佇み数百年の昔、命がけで此所に来て過
ごされた人達のことを偲んだ。
禅と天目茶わんとの因果関係を問う為ではなく、特別目的があって
の登山ではなかったが、この体験は私には得難いものであった
---人間、死を覚悟してはじめて見えてくるものがある。---

北京の故宮の館長、呂斉民先生に曜変天目が建盞と呼ばれたことが
ありますか、と御聴きしたとき
曜変は日本銘の天目と我々も呼んでいます。建窯で出来た事はたし
かですが...。
曜変天目茶わんは出来てすぐ日本に渡ったので中国銘はありません

ではだれが此の茶わんを日本に持ち込んだのかそれはおらにも解り
ませんただ、あの奥州の安倍、あるいは安東、藤原あたり...。
本当の歴史をねじ曲げて造りあげた表舞台には出ていないが舞台裏を
ひっくり返さなければ真実は解らない..。

おらにすれば過ぎ去ったことでありあれこれ詮索するきもないが室
町時代あたりに突然、曜変天目の名が表舞台に登場する
以後曜変は天下人の手からてに、長江惣吉さんの云うドブ板をわた
っていない、大名物として存在してきた。

曜変天目が1回きりの窯で数点産まれ、間なしに日本に渡った。
その曜変の模様は一様ではない。わたしは無限だとおもっている
曜変の美の世界が無限だとすればレプリカに固守するお絵描き曜
変は無意味な行為だとおもう
また、曜変を所有する美術館等の学芸委員のいう
偶然の産物との言い分にも同意出来ない、曜変は芸術作品であって
偶然産まれたものではない。

曜変天目の美の世界は無限の可能性をもっている。このことはこれま
で何度も指摘してきた。しかしそのことが現実自分の手によってやれ
ないでは意味が無い。
曜変の美の世界を表現することはけっして楽なことではない、がそれは
偶然でもない、哲学と想念とが相まってのみ描ける美の世界だといえ
る。現実にはあり得ないことをあるかの如く表現する。これを芸術とい
うんであれば曜変の美の世界は芸術そのものと私は思っている。








2015. 04. 09  
曜変天目はたぶん一度きりの窯で産まれたと書きましたがその理由
1、山をなす天目の破片の調査を長年されているが未だに曜変の破
片は見つかっていない。
2、宗から元、そして明の時代へと歴史が動く、その激動期にあっ
ておそらく最後の窯となる器にいたずらをした者がいた。建窯には
陶土は自前で油滴、兔毫等の天目を造れる。ために数百年の間そう
していた。
理由をあれこれ詮索してもおらにはわからないとしか云えないが、
いや、むしろそうであったら面白いとおもう。
釉薬の下地にそれまでとは異なる土を施しみた。
結果十数点美しい天目が出来た
もし、時代がおだやかな辰であり、薇帝も健在であったならこれらの
作品が日本にこなかった。そう考えてみるのも面白いと思っている

古陶磁の科学という本の中で内藤先生は曜変天目に関して次の様に
いっておられる。
天然にでる赤鉄鉱の結晶にも曜変に似た現象が観られることから
曜変の場合酸化第二鉄の結晶の付近に何か薄い膜が出来て其の膜
の表面からとその下の釉の表面からと反射する光がぶつかりあって
でるのだろうとおもわれる。
曜変天目が世の中に六っしかない事から観ると、そのような現象を
出す条件が揃うのはごくごく稀にしかおこらなかったといえます。
名古屋大学の山崎一雄師も同じ様に光の干渉ではないかと言っておら
れますがその膜の科学成分もその膜がどうして出来るか解っていませ
ん。
破片でもあれば手がかりがつかめるのだが今の段階で此れも望めない

曜変の破片がない。それは曜変は複数回焼いてはいない、という事で
はないだろうか。一度きりは極端かもしれないが..。
宗時代を代表する焼き物は青磁でこれは神器と云われていたが天目は
はたしてどうか、評価の対象としてみられなかったのか。
薇帝は兔毫の色は青黒を貴ぶ玉毫の条建せるものを上となす
蘇東破も兔毫を賛美した詩を詠んでいる。
兔毫、油滴が高く評価されていたのに曜変の名がないのはなぜか
私がいう時のいたずらとしか云えないとなる。
ではなぜその優品のみが日本にあるのか、其の経路はいかに。


2015. 04. 03  
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空即是色、思う事がなければ形は存在しない
10年位前までぼんやりしていたんだけど新しい作品が産まれるとは
どういう事か漠然としていたものが一つ一つはっきりとして来た様
におもえる。
おらに起こる出来事も。必ずしも良い事ばかりではない、が後で思う
と全て意味が或る。

聖書に静まって私こそ神であることを知れ。
また、我、山に向い手目を仰ぐ、吾が救いいずこよりきたるか
汝が救い天地を創造したる神より来る。
これらの文はもう随分前に読んでいるが、しかしその意味を考えて
いたとはとうてい思えない。
オラという不器用を地で生きている茶わんやにも天からの贈り物が
常に届いている。自分が気が付かないだけなんだ。
ここに掲載した茶わんとぐい飲みすでに手元にはないんだけど、
自画自賛とはいえ良い出来の作品だとおもっている。

面白いもんだなあ、と思えるのは一握の天目茶わんに宇宙を観た。
それが自分なんかには及びもつかぬ果てしなく遠い存在だと思い
描いていた間、その想念道理遥か宇宙の果てであった。ところが
いまその宇宙が我が身にあると知りその色を想い描くと正にそれは
吾が手のうちに形として現れる。



2015. 04. 01  
それにしても気持ちいい場所だなあ。
ぼんやりあたりを観ていると大きな建物の中から一人、私の方に 
近寄ってきた。
御訪ねしたいんだけどここはどこでしょうか。
はいここは天国です。
向こうに見える池に生えているんは蓮みたいだけど
そうです。
花が観えませんが。あれは朝早く咲くんです、もうすでに辰が遅いん
で花は観れません
天国は酒がうまいし姉-ちゃん綺麗ときいていますが。
そちらの潜り戸の向こうにいきなさい..。
どうやらその潜り戸の向こうは来世のよう、ん-まてよ、おら-なん
だかこのままいっていいんかなあ、もうちょっと活きてやっと
かなおえんことがあるような気がする。ーーーーーーーーーーーー
それから2年が過ぎますなあ
50年近いユメ追い人として生き、やがて過去へのこだわりもなくなり
未来に向っておらに出来ることをやらなおえん。それはそれとして..。

さて、中国の建窯で産まれた曜変天目茶わん。一度きりの窯で生まれ
たんではないかと想像している。
1文字どうり山を思わす破片の発掘調査も長い年月やって未だにかけら
もみられない。
2宋王朝末、A.D1125あたりとおもわれるがその一度きりの窯でそれ
までとはちがう生地で天目を試みたように思える
本来建窯の土は天目の色を出すには適している。無論これまでにも指
滴しているように全て地産地でまかなえる。
宋朝最後の薇帝の云う青みのある生地に兎の毛のような茶色のすじの
ある、兔毫をもって最高としている。
わたしの考えなんだけどこれ以上ないと思われる材料であってもなお
新しい試みをやってみる。これにより、それまでとは次元の違う、美
しい作品が誕生した。
これらの優れた作品は窯だしの後間を置かず日本に...。
この事は今迄誰にも言っていない。
とはいえ全ておらの想像でもない。

今回の窯で濃紺の生地に茜色の美しい曜変の色が現れた。
かって中国精華美術大学学長の張先生は私との会談で、彼は
今迄わが国において未だに曜変の色を出した者は居ません
私は建窯の土にその秘密があると思っています
他の土では出ないと思っています

吉州窯の天目は生地に化粧をして黒い色にしてある
おらの天目は建窯の土を使っていない、しかしこれまで曜変、油滴
兔毫等の天目が産まれている。
私は星の数ほどの天目を焼いていながら曜変の色にたどり着けなか
ったわけはむしろ建窯の土にあると思っている

たぶん美しい曜変ともいえる油滴、兔毫、そして曜変天目が産まれた
とき、時代は動きこの国の混乱期となり、に此れ等の作品が日本に来
きた。
このあたりのことを高橋克彦さんあたりが小説にしてくれるといいな
あ、そんな思いでいる。



プロフィール

杉原大路

Author:杉原大路
1939年尾道市で産まれる
15才より倉敷市にて羽島焼故小河原虎吉、後に
丹波焼市野弘之に師事
北京市、人文大学、香港の出版社等より栄誉賞を受ける
曜変、滴珠、兔毫天目茶碗再現の鑑定証書を
北京故宮美術館呂済民館長ほか五名の国家鑑定家より受ける
鬼太鼓座代表松田惺山とのコラボレ-ション
現代美術作家とのグル-プ展日本陶芸展毎日新聞主催等に出品
日墺美術展倉敷市とウイ-ン出品
ウイ-ン、北京市倉敷市岡山市その他の美術館ギャラリ-等
で個展開催

インフォメーション
印賀焼:大路土窯 おろち陶芸同好会
鳥取県日野郡日南町印賀1438-10(旧大宮幼稚園)%%http://maps.google.co.jp/maps?q=35.239285,133.274098+(%E9%B3%A5%E5%8F%96%E7%9C%8C%E6%97%A5%E9%87%8E%E9%83%A1%E6%97%A5%E5%8D%97%E7%94%BA%E5%8D%B0%E8%B3%801438-10%EF%BC%88%E6%97%A7%E5%A4%A7%E5%AE%AE%E5%B9%BC%E7%A8%9A%E5%9C%92%EF%BC%89)&hl=ja&ie=UTF8&z=14%%35.239285%%133.274098%%14
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