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2015. 05. 30  
総社市新本で6世紀と云われる鋼炉の遺跡が当時の形をとどめて十
数基出土したんだけどあれの調査報告書はちゃめちゃだった
そら、権威が創り上げた歴史にそぐわんものは表に出したくない。
炭竃と溶鉱炉がちがっていて
うん、あれはわしも観たけど..。
谷からの傾斜を利用して炉を築く、炉の形はウナギのようだった
このウナギの片方に4カ所穴をあけてその穴に竹の筒を使い息を吹
き入れた
此の様式が日本最古の炉であった。やがて両側に息を吹き入れる穴
の様式になる。
長い竹の筒使って息を炉に吹き入れる仕事をしたのが吹き子と呼ば
れた人達なんだ
そう海で素潜りで漁をしていた女達の仕事だったようだ。彼女達の
仕事はものすごい過酷なものだったと想像できる。海の中と違うて
炭から出るガスも吸い込む息に入れば肺がやられる
ふいごが発明されるまでの間のことはほとんど表の歴史には出てこ
ない。
以前,持って帰った飛鳥時代の鋼はすでに無くなってしまったんで
次は無いと思っていたらこないだ電話もらって..。
うんあれは古い、おそらく四つ目ウナギのもんとおむとる
となれば弥生時代あたりかなあ
まだまだ
となれば縄文後期
うんにゃまだ古いとおもう。一緒に出て来た土器で判断するとそうな
るなあ
アの鋼の外には観られないんだけど中にすごい色がある、あれはオラ
が求める曜変の色
うんうん、刃物の地金にも澄みゆうてきれいな色が浮かぶ、無論これ
の観えるんは古名刀のみ、それも数はすくない
ところで、鋼を溶かす炭なんだけど現代では松炭しかつかっておない
けれどあれ、古代では...。
ふふふ、好い所に目をつけたな、無論まつではない
折れず曲がらず刃こぼれせずを思えば松では無理
そう松には硫黄がありこれが刃物の大敵よ




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2015. 05. 28  
其の道で文句なしにすごいなと思う人間が世の中にいる
こないだからしみじみ思い起こしてみるんだけれど
刀匠藤本昭、名人だったなと..。
おらは入道とは25年位の付き合いだった。
あれこれ思い出してみて随分多くの事を教えてもらった。
ただ、これの内容は一般常識とはかけ離れた所が多々あって当時
自分の勉強不足もあり、就いていけなかった所もかなりあった
しかし、師が去って20年になる今日あえてここに書いてみたくな
った。
そんななかで特に面白いのは、やはり古代たたらだとおもう。
今から30年前くらいだったかなあ、総社市にある鬼の城の調査が
京都大学の教授の指導で行われてその報告会で幾つか話された内容
が実にチンピなものであった。
鬼の城がおおよそ7世紀あたりにつくられていた。はまあ好いとし
て、城壁の石垣は四国にある石の鑿を使って割った、云々であった。
要は此の時代に、日本には刃物の製造技術が無かったとの認識であ
った。
此の講演があって後しばらくして同じ総社市にある新本という所に
十数基の古代の溶鉱炉が出土した。これが6世紀.頃と判明した。
古事記の記述、いや口伝、には4世紀ころに鍛冶の仕事に拘る人が
日本に根就いたなんてのもある
京大の近藤教授が既に4世紀ごろにあった和鋼の技術を認めたくな
かったのか理由は不明
和鋼が太古の時代に既に存在していたことを認めたくない権威が我
が日本に幅をきかせているんだけれど..。
天の叢雲の剣、後の草薙の剣は銅剣だったなんてのもある
入道に登場願ってこの辺りのことをインタビユウ形式で聴けば次の様
になるだろうか

そも和鋼は日本でいつごろから造られていたと..。
ふんばかげた質問だなお前さんらしくもないふふふ、そんなことわし
はしらん
ま、そうくるとはおもっていたけど
なら聴くな
こないだあらと神社の近くで見つかった玉鋼。あれは飛鳥時代あたり
のだと
そう、あれは八つ目うなぎのもんよ
となれば時代的にいえばかなり新しい
四つ目の時代から八つ目の時代に移行する時代の汐目が解れば好いん
だけどわからん
谷筋に炉を造たのは上昇気流をりようしたゆうことですが、
そう、わしの考えでは後の時代の刃物より高い温度で鋼にしたと思う
物ごとなにによらず古い時代は幼稚であったとするやからには話す気
にもならんがな
ところでその谷間にあった炉なんだけど片面に4つの穴が開けていたの
がやがて八つになった無論谷川に炉の口があった




       
2015. 05. 23  
生きるべきか死すべきかそれが問題だ
おらみたいに長年物造りしてきた者が自分の仕事の限界を感じれば
もはや生きる価値はない。
人生50年であれば今の自分を振り返ると十分長生きしたなあと思う
30から40代にかかったあたりだったと思うんだけれど..。
たしかあれは自分が生きるという事に関してあれこれ想いを巡らし
ていた時期にあっていかに生きるべきか、死とはなにか、そうとう
かんがえていた。
宗教は大本教、キリスト教、仏教等に感化されながら、居たんだけど
結局は同化しきれない、埋み火のような状態ですっきりしないでいた
そんなある日
棺桶のことが思われた
自分を棺桶において、今或る自分を眺めてみよう、
映画のフイルムを反対に巻いてみたらどうか。
そしてそこに自分が最後に面白い人生であったなと云えたら最高かな

3年前に狭心症とかの病気で心拍停止から蘇生したんだけど、此れも
二度も。
そんな状態のなかでなんとしてもこれをやっておきたい、と強く思っ
たのは新しい曜変天目であった。
かって故長江惣吉さんにいわれた
日本人の手エで日本の曜変をやらんならん其れがやれるんはあんたや
彼にそういわれ、自分もそれを願って今日までこれに拘ってはきた
なんとしてもやらなおえん。今死ぬ訳にはいかん
そうおもったときに生き返った
2度の病気で脳はかなりのダメ-ジを承けているらしい。三度めはない
そう医者から云われている。
人生と云う舞台でおらという大根役者がままそれなりにやって来れた
とおもう。
後少し生きてみるか
いや、もういいか、
想いは半々である。

以前ここで話した高梁さんから電話があった
こないだ聴いた新しい曜変は茜色と聴いたが其の色はすでに以前観た
柿天目に既に出ていた。これから一窯一窯素晴らしい作品が期待出来
ます。と

今日は宇畑さんが割り木やってくれると電話
クラレからも記念品の注文の電話


2015. 05. 16  
伯備線の特急やくもで1時間ちょっとで生山に着く
山陽から山陰といわれる処に..。
遠い山の向こうの知らない町よ
いつか汽車に乗って往きたい町よ

朝のしじみ、あたりの景色がぼんやりする時刻に起床して日が昇る
までの間を毎日楽しんでいる
八重にも雲の沸き立つ出雲の八重垣よ
共寝に妻を籠めるに八重のかきを造る
そのよき八重垣よ

自分の立っている場所に深く想いを籠めて物を造ることが出来るなん
てのは、此の上も無い幸せだと思う
以前ここで何度か触れた利休ねづみ。此の色がなぜ気に入っているか
といえばそこに観られる色はうつろう色、だからである。
ぼんやりしていながらそんざいしている、しかもそれは一色ではない
桃山時代を焼き物のルネッサンスといった考えにかなりの部分同意出
来るが、といってこの時代にしばられていては一歩が出ない
ものつくりのはしくれであり茶碗やである我が身をもってその一歩と
自負できる鼠志のの色だと思っている
物ごとなんによらず数百年の間に積み重ねて来た固定概念から抜け出
すこと自体難しい。まして新しい美の創造を認めてもらうことはもっ
とむつかしい、しかしながら其の難しい生様であっても善い未来に向う
一歩が大切なようにおもう
いま一つ此の色を作り出した土はわたしの目の前の山に埋もれている
此の土は単にネヅミ色に留まらない無限の可能性を秘めているからな
おさら愉しいい

2015. 05. 15  
実はこのところ、う-んかれこれ半年になるんだなあロクロに触れな
いでいます。
色んな雑用をこなして、冬の間体調が良くなかったり、気持ちもど
んどん落ち込んで...。
そんな間にも季節は動いて、秋、冬そして今は新緑。
いつでも仕事にかかれるように土も準備して、このところ暖かくな
っていくなかですこし、今少し想いがつのって、今日はロクロに触
ってみようとおもっています。
こないだの窯で生まれた偏壷、久しぶりに良い出来のを前に置いて眺
めています。
此の形は若い頃から随分造っているんだけど気に入ったものは少ない
東洋陶磁美術館に李朝黒のがあってあれの雰囲気がどうしても出来な
いでいたんだけれどこいつはいい
無論自分が不器用だ、へたくそだとおもっている中で好いものが出来
ない。
下手は下手なりになんとかせんことには作品はうまれない

2015. 05. 05  
オラが光悦という人を知ったのは15才の頃であった
当時倉敷にいて酒津に家はあった。そこに母と二人間借りの小さな家
の二階の一間にいた
其の家から毎日虎さんの工房である羽島焼に通っていた
そんなある日虎さんから聞いた話なんだけれど大原家所有の光悦作の
早船が売りに出された、売値は当時たしか1500万円なりとか聴いた
私が稀代の名工である光悦の名前を知ったのは此のときが初めてだった
20代半ばあたりに東京上野の博物館に東洋陶磁展があるのを知りる
なんとしても観たかったのは窯変、油滴、兔毫であった、人波に押さ
れながらこれらの作品を観てそのあと光悦作の数点を観ただけで人波
を避けて通路に出た。
これでよし、帰ろう。ここに来る前には他のものもいっぱい観る積もり
で出来たんだけれどやめた。

それから15年位過ぎたある日総社市に窯を移して棲んでいた
ある日時折スナックで出逢うNさんに誘われて彼の家をに行った
こないだ家内が持って帰ったものをみてほしい。
実は家内は村上水軍の家系の人間なんです、数日前其の家から呼び出
しがありましていったんです。形見分けを受け取るとかで。
長男は日本刀を二男は鎧を取ったんだけど自分は残った小汚い茶碗を
受けとった。彼女にしたら相当腹が立ったらしくそのまま車のトランク
に入れていて私にもそのことをいわずにいましてね
昨日それを訪ねだして家にもって帰ったのがこれなんです。
是是光悦。
加賀の前田公との交流があった中で3碗造った光悦作黒楽茶碗。
紛れも無い見事な作品で言葉も無かった。
一幅点てましょうてなことに..。
此の茶碗は将軍家光からの伝来で村上家の家宝となったものでした

きょうさる人がやってきてそんな話していたらじつは..。
取り出した葉茶壺光悦作....。んなんじゃこりゃ、おらせ中が寒気が
した。20代に観た銘富士山、乙御前、なんかの品格の備わった見事な
名品の毒にあたりました。
ゆえあって内密とのことなんでここで話す訳にはいきませんが
こんな事って..。国の重要文化財ですはい。

2015. 05. 03  
窯変とはなにかをと云えば特別大した事ではない
昔、五右衛門風呂なんてのがあったがオラの師匠の虎さんは此の窯を
造るのが得意だったそうで何度も自慢話を聴かされた
要は車のエンジンと同じで吸収圧縮爆発排気のバランスがよいか
悪いかなんてのと似ていて良い竃だと燃料が少なくてすむ
悪いとガスがたまって熱効率が悪い
薪なんかの窯の場合、効率よく窯の温度が上がるなんてのが理想
とかんがえれば窯の構造が大体おかしなもので無ければ難しい事
ではない。
窯変は焼き物屋がおおよそ組み立てた予想を裏切る出来はえを云う
焼き物とか野菜なんかもそうだけど自然と共存する品は工業製品と
異なる
宋の役人が窯変を忌み嫌ったとの説には説得力に欠ける
窯変の焼き物なんてのは数万に一つなんてものではない。
焼き物に長年かかわってこそ云える事だけれど...。
数百年間建窯で焼かれた天目の欠片は山の様にあったし此れを調査
して来た数名の学者かどうか解らないんだけれど
曜変のかけらは一つもみつけられなかったといわれている
私は前に油滴兔毫を含めて曜変のような美しい輝きをもった作品は
宣和時代の終わり頃あたり喫茶としての器は白磁に変わる頃に
長い間焼いて来た天目のやり方にいたずら心がわいたかどうか解ら
ないが或る試みをした
がために一窯のみ特別な色が出たそれを日本に持ち込んだ
このように考えるのは自分が茶碗屋であり此の試みを実際やってき
たから云える


古陶磁の科学の著者である内藤先生もいっているように釉薬の表面
に千分の4ミリ、たばこの煙位の膜が張りこの膜を透視て光が乱反射
してあの国宝の曜変天目の美がができるのではないかと云っておられ
る。
むろんこのような現象を起こすにはそれなりの工夫が必要であり、自
ぶんがこれを解明するに約半世紀の時間がかかった
曜変は窯変によってのみできるのであって黒い上薬を1280度で焼い
てこれに光彩の出る絵の具を描き800度くらいで焼き付けて出来るの
ではない。
内藤先生は陶磁器に関して実に解りやすく解説しておられるが
曜変に関しては未だ不明だといっておられた

自分が曜変の美の世界の解明に要した日時は決して半端な物ではない
半世紀という日時、此の美に魅せられ夢を見させてもらったことは
かけがえの無い有り難い年月であったと想っている
十数年前だったかにかのレプリカがもてはやされるにおいて
世の中の人達が其れで良いなら今更自分がしゃしゃりでることもない
であろう。
自分が観た夢は世の中にウケようがウケまいが別にどうってことはない


プロフィール

杉原大路

Author:杉原大路
1939年尾道市で産まれる
15才より倉敷市にて羽島焼故小河原虎吉、後に
丹波焼市野弘之に師事
北京市、人文大学、香港の出版社等より栄誉賞を受ける
曜変、滴珠、兔毫天目茶碗再現の鑑定証書を
北京故宮美術館呂済民館長ほか五名の国家鑑定家より受ける
鬼太鼓座代表松田惺山とのコラボレ-ション
現代美術作家とのグル-プ展日本陶芸展毎日新聞主催等に出品
日墺美術展倉敷市とウイ-ン出品
ウイ-ン、北京市倉敷市岡山市その他の美術館ギャラリ-等
で個展開催

インフォメーション
印賀焼:大路土窯 おろち陶芸同好会
鳥取県日野郡日南町印賀1438-10(旧大宮幼稚園)%%http://maps.google.co.jp/maps?q=35.239285,133.274098+(%E9%B3%A5%E5%8F%96%E7%9C%8C%E6%97%A5%E9%87%8E%E9%83%A1%E6%97%A5%E5%8D%97%E7%94%BA%E5%8D%B0%E8%B3%801438-10%EF%BC%88%E6%97%A7%E5%A4%A7%E5%AE%AE%E5%B9%BC%E7%A8%9A%E5%9C%92%EF%BC%89)&hl=ja&ie=UTF8&z=14%%35.239285%%133.274098%%14
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