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2012. 01. 17  
わたしが焼き物に興味をもって倉敷で、丹波で師について学
んだことは技術であった。これを活かしてすんなり職人として
生きればなんの問題もなかった。
にもかかわらずなぜかそうしなかった。その生き方にゆめが
描けなかった。ここにおのれのばかさがあり、傲慢さもあった
自分がのたくることによって多くの人に迷惑をかけた、
そんなとき曜変天目茶碗に出逢った。
此れに関して当時何の知識も無かった。もっといえばやきもの
無知であった。そんな私にこの作品は強烈な印象を与えた。
自分の手で造ってみたい。この想いは次第にふくらむ。
が、其れと同じように自分ごときが出来るわけがない。との
想いもふくらむ。
「じぶんが棺桶に入るまでに一点でいい出来たら本望」
ここに落ち着いた、ゆめとしよう。ゆめは大きい方が良い
だろう。
そうなるとおれは後何年生きれるか無性に気になって来た
あるとき「棺桶に向かうのでなく逆の発想でいきよう」と。
自分の棺桶を打つ釘の音をききながら面白い人生だったと
そのような死に様をするための人生。棺桶のふちにてをのせて
あごのせて今のじぶんを眺めている。












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Comment
煩悩
50を過ぎて少し杉原さんの気持ちが分かるような気がします。さりとてまだまだ煩悩の間で悩む事ばかりですが。
ドンキホーテか
芸術のことはわかりませんが、ふと、明治時代中期生まれの芸術家(棟方志功、河合寛治郎など)をイメージしました。
1から無限を感じるというような日本人の美意識は曼荼羅に通じるのかもしれません。曼荼羅も正直わからないのですが・・・私は、今ここにある日常から生まれる”美”に憧れます。
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プロフィール

杉原大路

Author:杉原大路
1939年尾道市で産まれる
15才より倉敷市にて羽島焼故小河原虎吉、後に
丹波焼市野弘之に師事
北京市、人文大学、香港の出版社等より栄誉賞を受ける
曜変、滴珠、兔毫天目茶碗再現の鑑定証書を
北京故宮美術館呂済民館長ほか五名の国家鑑定家より受ける
鬼太鼓座代表松田惺山とのコラボレ-ション
現代美術作家とのグル-プ展日本陶芸展毎日新聞主催等に出品
日墺美術展倉敷市とウイ-ン出品
ウイ-ン、北京市倉敷市岡山市その他の美術館ギャラリ-等
で個展開催

インフォメーション
印賀焼:大路土窯 おろち陶芸同好会
鳥取県日野郡日南町印賀1438-10(旧大宮幼稚園)%%http://maps.google.co.jp/maps?q=35.239285,133.274098+(%E9%B3%A5%E5%8F%96%E7%9C%8C%E6%97%A5%E9%87%8E%E9%83%A1%E6%97%A5%E5%8D%97%E7%94%BA%E5%8D%B0%E8%B3%801438-10%EF%BC%88%E6%97%A7%E5%A4%A7%E5%AE%AE%E5%B9%BC%E7%A8%9A%E5%9C%92%EF%BC%89)&hl=ja&ie=UTF8&z=14%%35.239285%%133.274098%%14
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