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2012. 03. 16  
幼稚園に通う位の年、私は岡山市にいた。
かばやという会社の赤煉瓦の塀が家の裏にあった。玄関を出る
と西川があり岡山駅に近い場所であった。熱い夏の夜明け前、
おこされて防空頭巾をかぶせられてとなりのおばさんと岡山駅
にむかっていくと川も路も死体がごろごろあった。駅の近くで
大きな建物が燃えていて夜が明けきらないあたりを照らしてい
た。
岡山空襲のあさであった。空を見上げるとものすごい数の飛行
機がなにやら黒いものを雨の様に落としていた。焼夷弾である
周りのいえもかなり燃えていた。
この地獄絵から抜け出て倉敷で小学校に通うようになった。
昭和20年あたり私は高梁河の下流域あたりを遊び場にしていた
低学年の頃は友達といえる者はなく学校も面白くなかったしほ
とんど川にいた。
川にいないときは山に居た。当時の大人達からカッパ、山さる
と呼ばれていた。
今思うと川も山も自然は美しく子供であった私を暖かく豊かに
包みこんでくれていた。
あるとき洪水があり普段わたしが遊んでいる場所の水かさが
増して川上から色んなものがながれてきた。
ときには茅葺きの家ごと流れてきたこともあった。
荒れるとおそろしい川に変貌する。
あれは春のある日のこと高瀬船が十数隻並んで川をくだって
いった。背景には桜が満開であった。この風景は絵であった
わたしはこれを描いた








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プロフィール

杉原大路

Author:杉原大路
1939年尾道市で産まれる
15才より倉敷市にて羽島焼故小河原虎吉、後に
丹波焼市野弘之に師事
北京市、人文大学、香港の出版社等より栄誉賞を受ける
曜変、滴珠、兔毫天目茶碗再現の鑑定証書を
北京故宮美術館呂済民館長ほか五名の国家鑑定家より受ける
鬼太鼓座代表松田惺山とのコラボレ-ション
現代美術作家とのグル-プ展日本陶芸展毎日新聞主催等に出品
日墺美術展倉敷市とウイ-ン出品
ウイ-ン、北京市倉敷市岡山市その他の美術館ギャラリ-等
で個展開催

インフォメーション
印賀焼:大路土窯 おろち陶芸同好会
鳥取県日野郡日南町印賀1438-10(旧大宮幼稚園)%%http://maps.google.co.jp/maps?q=35.239285,133.274098+(%E9%B3%A5%E5%8F%96%E7%9C%8C%E6%97%A5%E9%87%8E%E9%83%A1%E6%97%A5%E5%8D%97%E7%94%BA%E5%8D%B0%E8%B3%801438-10%EF%BC%88%E6%97%A7%E5%A4%A7%E5%AE%AE%E5%B9%BC%E7%A8%9A%E5%9C%92%EF%BC%89)&hl=ja&ie=UTF8&z=14%%35.239285%%133.274098%%14
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