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2013. 07. 17  
朝鮮の高麗、李朝あたりで造られた茶碗が我が国の侘び茶の道具
として使われだした時代の背景を思うと興味深い。
堺の街衆の間で始まる茶の湯は利休によって大きく変化する。
わび茶は利休の師であった珠光あたりにすでにめばえていたよう
におもえる。
私ごときが茶の湯の解説をするきはないが、多少踏み込まないと
話が前にいかない。
利休は天下を狙う信長と親交があった。このことが茶の湯を芸術
として確立させたとわたしは思っている。
信長が安土城下にキリスト教の布教をみとめたこと
この教会でおこなわれたミサの様式に影響をうけたと考えたい。
わたしはウイ-ンで個展の準備をしている合間に、とあるミュウジ 
アムでミサに使われていた器具をミサの様式共々観る機会に恵まれ
た。以来ミサの様式を参考にして利休は茶の湯の様式を完成させた
そのように今もおもっている。
もともとお茶そのものは高価な飲み物であったしこれに使われる茶
碗も舶来の高価な白磁であった。
このような流れのなかで詫び茶の様式と思想哲学が形造られていき
その茶の湯の茶碗に井戸が登場します。






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プロフィール

杉原大路

Author:杉原大路
1939年尾道市で産まれる
15才より倉敷市にて羽島焼故小河原虎吉、後に
丹波焼市野弘之に師事
北京市、人文大学、香港の出版社等より栄誉賞を受ける
曜変、滴珠、兔毫天目茶碗再現の鑑定証書を
北京故宮美術館呂済民館長ほか五名の国家鑑定家より受ける
鬼太鼓座代表松田惺山とのコラボレ-ション
現代美術作家とのグル-プ展日本陶芸展毎日新聞主催等に出品
日墺美術展倉敷市とウイ-ン出品
ウイ-ン、北京市倉敷市岡山市その他の美術館ギャラリ-等
で個展開催

インフォメーション
印賀焼:大路土窯 おろち陶芸同好会
鳥取県日野郡日南町印賀1438-10(旧大宮幼稚園)%%http://maps.google.co.jp/maps?q=35.239285,133.274098+(%E9%B3%A5%E5%8F%96%E7%9C%8C%E6%97%A5%E9%87%8E%E9%83%A1%E6%97%A5%E5%8D%97%E7%94%BA%E5%8D%B0%E8%B3%801438-10%EF%BC%88%E6%97%A7%E5%A4%A7%E5%AE%AE%E5%B9%BC%E7%A8%9A%E5%9C%92%EF%BC%89)&hl=ja&ie=UTF8&z=14%%35.239285%%133.274098%%14
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