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2014. 04. 04  
詫び茶の様式が確立していくなかで井戸茶碗が登場する。
この井戸とはなんじゃと聴いてみるがわからん。諸説あるなかで
面白いなと思えるのを紹介しよう。
イドと名乗る人物が李朝の茶碗を日本に持ち込んだ。彼の手に成
る茶碗を井戸という。なんてのがあります。
日本で言う所の伊万里焼き。伊万里港で舟に積み込まれた焼き物
は伊万里焼き、これとよく似ているなと思う。
むろんおらにしても観て来た訳ではない。いろんな資料眺めて想
像しているにすぎないが...。
かのイドなる人物、堺の産で当時富裕な商人達のなかではやってい
る茶の湯に使う茶碗に新風を入れたい。イドさんは朝鮮に渡りこれ
と思う器を持ち帰った。
それまで使われていた唐物に変わって朝鮮の李朝の焼き物が主流と
なる。
時は秀吉の天下。彼が主催の茶会にイド茶碗が使われるや諸国の大
名も競う様にこの茶碗を求めるに至った。

秀吉の権力と利休の芸術とが鬩ぎあうなかで井戸茶碗は確実に茶の
湯の様式の主役の座に座る。

下って今日、おえらい評論家達、お茶の宗匠達はこの井戸茶碗からは
目を背けている。なんだかえらくもったいぶった言い方をして、お前
らごときに造れるか。なんてね..。
なんなとぬかせおらはおら、次の窯で100点位焼いてお目にかけまし
よう。

なにせこの渡り物の井戸がもてはやされるなか日本のへそあたりに
位置する美濃で志野茶碗が焼かれていた。

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プロフィール

杉原大路

Author:杉原大路
1939年尾道市で産まれる
15才より倉敷市にて羽島焼故小河原虎吉、後に
丹波焼市野弘之に師事
北京市、人文大学、香港の出版社等より栄誉賞を受ける
曜変、滴珠、兔毫天目茶碗再現の鑑定証書を
北京故宮美術館呂済民館長ほか五名の国家鑑定家より受ける
鬼太鼓座代表松田惺山とのコラボレ-ション
現代美術作家とのグル-プ展日本陶芸展毎日新聞主催等に出品
日墺美術展倉敷市とウイ-ン出品
ウイ-ン、北京市倉敷市岡山市その他の美術館ギャラリ-等
で個展開催

インフォメーション
印賀焼:大路土窯 おろち陶芸同好会
鳥取県日野郡日南町印賀1438-10(旧大宮幼稚園)%%http://maps.google.co.jp/maps?q=35.239285,133.274098+(%E9%B3%A5%E5%8F%96%E7%9C%8C%E6%97%A5%E9%87%8E%E9%83%A1%E6%97%A5%E5%8D%97%E7%94%BA%E5%8D%B0%E8%B3%801438-10%EF%BC%88%E6%97%A7%E5%A4%A7%E5%AE%AE%E5%B9%BC%E7%A8%9A%E5%9C%92%EF%BC%89)&hl=ja&ie=UTF8&z=14%%35.239285%%133.274098%%14
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