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2015. 05. 05  
オラが光悦という人を知ったのは15才の頃であった
当時倉敷にいて酒津に家はあった。そこに母と二人間借りの小さな家
の二階の一間にいた
其の家から毎日虎さんの工房である羽島焼に通っていた
そんなある日虎さんから聞いた話なんだけれど大原家所有の光悦作の
早船が売りに出された、売値は当時たしか1500万円なりとか聴いた
私が稀代の名工である光悦の名前を知ったのは此のときが初めてだった
20代半ばあたりに東京上野の博物館に東洋陶磁展があるのを知りる
なんとしても観たかったのは窯変、油滴、兔毫であった、人波に押さ
れながらこれらの作品を観てそのあと光悦作の数点を観ただけで人波
を避けて通路に出た。
これでよし、帰ろう。ここに来る前には他のものもいっぱい観る積もり
で出来たんだけれどやめた。

それから15年位過ぎたある日総社市に窯を移して棲んでいた
ある日時折スナックで出逢うNさんに誘われて彼の家をに行った
こないだ家内が持って帰ったものをみてほしい。
実は家内は村上水軍の家系の人間なんです、数日前其の家から呼び出
しがありましていったんです。形見分けを受け取るとかで。
長男は日本刀を二男は鎧を取ったんだけど自分は残った小汚い茶碗を
受けとった。彼女にしたら相当腹が立ったらしくそのまま車のトランク
に入れていて私にもそのことをいわずにいましてね
昨日それを訪ねだして家にもって帰ったのがこれなんです。
是是光悦。
加賀の前田公との交流があった中で3碗造った光悦作黒楽茶碗。
紛れも無い見事な作品で言葉も無かった。
一幅点てましょうてなことに..。
此の茶碗は将軍家光からの伝来で村上家の家宝となったものでした

きょうさる人がやってきてそんな話していたらじつは..。
取り出した葉茶壺光悦作....。んなんじゃこりゃ、おらせ中が寒気が
した。20代に観た銘富士山、乙御前、なんかの品格の備わった見事な
名品の毒にあたりました。
ゆえあって内密とのことなんでここで話す訳にはいきませんが
こんな事って..。国の重要文化財ですはい。

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プロフィール

杉原大路

Author:杉原大路
1939年尾道市で産まれる
15才より倉敷市にて羽島焼故小河原虎吉、後に
丹波焼市野弘之に師事
北京市、人文大学、香港の出版社等より栄誉賞を受ける
曜変、滴珠、兔毫天目茶碗再現の鑑定証書を
北京故宮美術館呂済民館長ほか五名の国家鑑定家より受ける
鬼太鼓座代表松田惺山とのコラボレ-ション
現代美術作家とのグル-プ展日本陶芸展毎日新聞主催等に出品
日墺美術展倉敷市とウイ-ン出品
ウイ-ン、北京市倉敷市岡山市その他の美術館ギャラリ-等
で個展開催

インフォメーション
印賀焼:大路土窯 おろち陶芸同好会
鳥取県日野郡日南町印賀1438-10(旧大宮幼稚園)%%http://maps.google.co.jp/maps?q=35.239285,133.274098+(%E9%B3%A5%E5%8F%96%E7%9C%8C%E6%97%A5%E9%87%8E%E9%83%A1%E6%97%A5%E5%8D%97%E7%94%BA%E5%8D%B0%E8%B3%801438-10%EF%BC%88%E6%97%A7%E5%A4%A7%E5%AE%AE%E5%B9%BC%E7%A8%9A%E5%9C%92%EF%BC%89)&hl=ja&ie=UTF8&z=14%%35.239285%%133.274098%%14
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